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2020年02月14日

まほろば紀行 永六輔氏と行く検証の旅『大物主尊とはどんな人物か②』

 さて、西暦一七七年頃、素佐之男大王は九州の邪馬台国の首都へ進攻されて、戦(いく)さをすることなく、女王・日霊女との交渉を深められ、三人の姫君を産(もう)けられて、五年ほど後に出雲へと帰られました。


 一方、大和国は日本列島の中心部であり、五穀豊穣の土地でした。
 大王は、武勇の誉れ高く人望も篤い第五子の大歳に、

「そなたはこれより将来の国の拠点となるべき大和へ征(ゆ)くがよい。大和に王権を立てて新しい国造りを致せ。長髄彦(ながすねひこ)という大尊長がいるが、血を見ることなく納めるには婚姻政策ということが第一と思う。
 そなたは今、独身ゆえにわが親友の下春彦を副将、参謀としてつけて参らす。よくよく相談して決めるがよい。
 時に大歳よ、この『十種の神宝』は父にとっても出雲族にとっても大切なものじゃ。そなたはこれを持って、大和王朝の王位継承の神器と致されよ。
 武運と、立派な国造りを祈るぞ」

と励まされました。(十種の神宝の品名は略します)

大歳ことニギハヤヒの大和行き、そして到着後の様子は次回分に書かれています。

また来週金曜日に更新いたします。