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2020年01月17日

まほろば紀行 永六輔氏と行く検証の旅『三輪山へ登る②』

 このとき、神社の禰宜(ねぎ)さんが、取材に対して案内してくださるとおいでになった。私は、

「出雲屋敷までは行きたいと思いますが、遠いでしょうか?」

「はい、かなり遠うございます。もちろん山の辺の道は通じておりますが......」

と、永さんが、


「三波さん、出雲屋敷って何です?この山の中にそんな屋敷があったんですか?」

「はい、その出雲屋敷の主は伊須気依姫(いすけよりひめ)というお方で、出雲王朝の素佐之男神君の末孫で、しかも神武天皇の皇后さまになったお方なんです」

「この山の頂上は禁足地ですよね」

「そうですね。お屋敷は中腹にあったようです。神武天皇と結婚されてからも、麓から見れば山の上にお住まいになっていたので、山の上(神)と神武さんも呼んだらしいんで」

「えっ、するとわれわれの通り言葉になっている“うちの山の神”ってのはここが発信地ですか」

 出雲屋敷まで歩くのはあきらめましたが、山の辺の道は日本で一番古い道。ここを五〇〇メートルくらい歩いたところにあるこのお山の主祭神・饒速日尊の荒御魂(あらみたま)が鎮座なさるお社と、海上安全の守り神として日本各地で祀られている市杵島姫(いちきしまひめ)のお社に参拝することにしました。
後ろを振り向くと、カメラ、音声、照明の重たい機材をかついで、皆さんが小砂利の山道をザクザクザク。ロケは大変な労働です。

本文にある会話は実際にされた会話です。
会話の中で、イスケヨリヒメとかスサノオシンクンとか、知り合いの名前を言うようにスラスラ言うのでした。笑。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。