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2019年11月29日

まほろば紀行 永六輔氏と行く検証の旅『橘寺①』

 太子がここで誕生されたことは知られていますが、高内ご住職の御案内で、太子尊像を間近に拝むことができました。


 本堂の隣の往生院はまことに美しい建物で、花が描かれた天井は息を呑むほど素晴らしいものでした。日本画の極致と言うのでしょうか。
 太子が三十五歳のとき、この往生院で、三日間にわたり、勝鬘経(しょうまん)という仏典の中でも一番奥の深い経を講義されたそうです。不思議にも、御講義が終わると南の山に千の仏が姿を現し、時ならぬ蓮の花がハラハラと御殿の庭に舞い降りたという伝説があります。
 境内に、太子の愛馬・黒駒の銅像がありました。

「この馬は甲州の黒駒の生まれだそうです」

と住職様。
 永さんが、

「あれ、甲州黒駒の勝蔵親分っていう人が、次郎長伝に出て来ますね」

「そうです、そうです。この黒駒も、勝蔵と同じ土地の生まれです」

 斑鳩の宮から小治田豊浦宮朝廷へ、太子は黒駒に乗って出勤されたのですが、約一六キロメートルの道程であったそうですから、朝の運動のつもりで速駆けをされたら一時間弱で到着されたでしょうか。雨の日は?そこは皆さまよろしいようにお考えを......。
 黒駒の銅像を見ながら、通蒙憲法第七条を思い出していました。

 『群卿・百僚は早く朝(まい)りて遅く還れ。仕事を完璧にせよ』

通蒙憲法第7条は、「公務員たちよ、怠けるなよ。朝は早く登庁し、夜は遅くまで仕事をすることである。自分の都合で早く帰ったりしたら、横の連絡もつかず仕事が片付かないものだ」でした。
今は“働き方改革”で時間のことは当てはまりませんが、「怠けないように」という憲法ですね。仕事を増やしたくないなどと考えて、成すべきことに背を向けたりしないように、人民のために誠心誠意を尽くして仕事をしなさいという、生き方を導く憲法のように思えます。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。