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2019年10月14日

まほろば紀行 永六輔氏と行く検証の旅『元興寺にて』①

到着するやいなや、


「三波さん、あなたがどんなに驚くか」

と永さんが愉快そうに笑っています。

「えーと、何だろう。そんなに不思議な物がこの元興寺にあるんですか」

「あるんです。ご住職のあとにそのままついて行ってください。しかしあなたが驚くかなあ。いや、驚かない、かなあ?」

「なんだか変ですね。きっと驚きますよ」

「ハッハッハ。それじゃ、カメラさんもいいですか。入りますよ」

永さんが大きな体を丸めて入っていったのは、茶室でした。

「これです、三波さん!」

「えっ、これは床の間の古い柱の一本が、白アリか何かにやられて駄目になったので、下の部分を新しく差し替えたわけですね」

「そうそうそう。しかしこの古い柱と下の新しい柱の接点、つなぎ目をよくみてください。さあ、これはどうやったものでしょうか!!」

「あっ、そうか......」

 私は目をこすりました。この訳のわからない柱、絵に描くと次のようになるのです。(では、永画伯の絵でご覧ください)

「三波さん、どんな名人が、どんな方法ではめ込んだのでしょう」

「えーっと、床板をはがしてみても......分かりませんね?」

「その通りです。驚きましたか」

「恐れ入りました。しかし、この細工はどんな人がやったんでしょうか」

「それは、宮大工の名人がその昔、自分の存在を示すために見せた技ですね」

と住職さまがおっしゃる。

永さんが描かれた、柱のつなぎ方の絵は、文庫本「聖徳太子憲法は生きている」の279ページに掲載しております。
転載できずに、申し訳ありません。
キャプションには、永さんの字で“奈良・元興寺・茶室・独鈷継ぎの柱”とあります。
永さんと三波は、まるで寄木細工のようなパズルのような、不思議な柱のつなぎ目を、穴の開くほど見つめたのでした。

この続きはまた、来週金曜日に更新いたします。