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2019年10月11日

まほろば紀行 永六輔氏と行く検証の旅『夢殿に秋の陽燃えて身は震う』③

 母后が薨(みまか)られた後、この中宮寺にお祀りしたのですが、その御堂は水面に浮かぶ清例(せいれつ)な姿で、正面に安置された『弥勒菩薩(みろくぼさつ)』を拝見すると、太子の母君の面影を写し取ったと言われるだけあって、優しい微笑みに溢れておりました。


 そのとき、私は腹の底から楽しくなって、思わず大きな声で歌いそうになりました。
永さんが、

「三波さん、中宮寺の御前(庵主)さまにお話を戴きましょう。こちらへ来てください」

と言われてはっと気付きました。ああ、唄わないでよかった。どれだけ周りがびっくりしたことやら・・・・・・。
 思えば私の母は、三十六歳で思いを残して世を去りました。私は当時七歳、まだまだ母親が恋しい年齢でした。
 満州の戦場で体験した出来事の中でも忘れられないのは、死んでいく戦友たちが最後に残した言葉は「お母さん!お母さん!」の呼び声でした。そして敵であったソ連の兵隊も「ママ!ママ!」という叫び声。
 人間の最期の瞬間、その魂は母親のふところに帰るのだと思いました。
 御前さまとの話を終えて、振り返った夢殿へ通じる小門。それが開いて、今にもそこに太子のお姿が現れるのではないかと思いました。
 それほどこのお寺は清浄で明るくて、温かな美しい母の慈愛を感じる雰囲気でした。

思わず大きな声で歌いそうになった、というのは、ひょっとして、そこにいらっしゃる御魂か神様が「三波春夫の歌を聴いてみようか」と思われて、「歌いなさい~」と信号を送ったのかもしれません!?

ではまた、来週金曜日に更新いたします。