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2019年09月27日

まほろば紀行 永六輔氏と行く検証の旅『夢殿に秋の陽燃えて身は震う』①

 古谷さんに案内して戴いて、広く長い参道を永さんと歩き、夢殿に辿り着きましたが、その途端に思わず我を忘れてしまいました。


 八角の堂塔は、底知れぬ力強さを示して、秋の陽をさんさんと浴びていました。
 階段を昇り、太子がこの夢殿で憲法草案の起稿をされたり仏教や儒学を研究されたお姿を想って、胸がわくわくして参りました。
 室内の御仏たちや太子の像は、ほの暗く、定かに拝見することはできませんでしたが、太子の慈悲心がこの堂内に漂っているように感じました。
 ふと振り返ったとき、永さんの笑顔があって、仕事を思い出し(?)、スナップだけは一枚撮りました。

 「この八角堂の形は、丸いという意味を表しているのでしょうか?」

 「そうですね。八角を倍々として重ねてゆけば円になります」

 「円無限という言葉がありますが、太子のお考えを表している夢殿ですね。ここに太子がお住まいになった廣場の宮殿があったんですね」

 「宮殿の敷地内に、哲学堂ともいうべき夢殿を建てられたわけです」

 「ありがとうございました」

 その後に、お隣の中宮寺を参拝してその位置を拝見し、何だかとても嬉しくなったのは、夢殿の真裏に母君の穴穂部間人(あなほべのはしひと) が住んでおられたことです。太子は勉学の一刻をすまされてニコニコと、

 「母君、今夕の食事を御一緒になされませ。子供たちも楽しみに致しておりますから」

 などとお迎えにおいでになったのではないかと想像しました。太子の孝養ぶりは伝記が特筆しています。

拝観、拝聴、拝読するとすぐに、その時代にそこに居て見ていたかのようにドラマを描けてしまうのは、三波春夫の特技でありました。
その特技から、たくさんの長編歌謡浪曲や歌謡曲が生み出されたのでした。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。