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2019年07月05日

隠された古代日本史 その後の大日霊女②

 外交面でも、中国の皇帝に対して堂々と友好親善の使節も送り(景初二年、西暦二三九年)、『鬼道をなして人を惑わす』と魏志に書かれるほどの大女王でした。しかし鬼道を行っては人が心服しませんから、この記事は信用できない気がしますが。


 この日霊女女王が薨(みま)かられると、たちまち四州は主権をめぐって大争乱となりましたが、二代目の女王・台与(とよ)が決定すると、争いは鎮まりました。
 その後、伊勢のお社に豊受大神宮として、曽祖母さまの御魂と共に鎮座しておられますが、この台与女王こそ神武天皇の日向国の最初のお姫さまだったのだそうです。

本日分も、「へぇー、そうなんだ」という皆様のお声が聞こえてきそうな著述でございました。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。