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2019年05月31日

隠された古代日本史 邪馬台国の女王・日霊女②

 このズバリとした解明に加えて、女王の墓についても西都を歩かれて、詳しく書いておられます。要約しますと、


「『男狭穂(おさほ)塚、女狭穂(めさほ)塚は、大日霊女様の御陵墓。……大いなる家(陵墓)を作る。径(みち)百余歩、殉葬する者、奴婢百余人』と魏志にある。
 実際に、高さ一八メートル、長さ二一九メートルの前方後円墳で、後円の底辺の直径は一二八メートル。径(歩幅で計測)二百歩もある大古墳で、二重の堀をめぐらしている。
まさに小山である。
 その隣には、魏志に次のように書かれている台与(とよ)(二代目女王)の墓陵がある。このほうも前方後円墳で、高さ一五メートル。長さは一七四メートル。後円部底辺の直径は九七メートルで、同じく堀をめぐらしてある。この二つは、宮内庁が管理している。
 魏志が書いた通り、二大女王の陵墓であることに間違いなく、 他説にある大和の箸墓説は違うのだ」と。

《本に記載されている欄外解説》
箸墓説 大和にある箸墓古墳が、邪馬台国の女王卑弥呼の墓だとする説。箸墓古墳は、全国にある前方後円墳の中でも最も古い時期に造営された古墳で、その規模の大きさから卑弥呼の墓ではないかといわれている。現在は宮内庁が管理している。

二代目のトヨについては、この後にも著述があります。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。