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2019年05月10日

隠された古代日本史 土地の所有が大問題②

 その当時の出雲国の主食は、「粟」「赤米」と記されておりますが、陸稲でした。水稲米に比べたら価値がだいぶ落ちます。


 この頃の出雲と日向。それぞれ、海外との貿易と文化交流の窓口でしたが、比べてみると、出雲の方が寒冷地。日向は温暖でよく米がとれました。当時の社会を統治するには、経済や文化よりも食料が重要でした。
 縄文末期の本州人に広がる、日向・邪馬台国への思い。素佐之男尊は国論を決着させるために、第五王子の饒速日(にぎはやひ)を総司令官として、邪馬台国に向かって軍を進めました。

饒速日尊(にぎはやひのみこと)は、神武天皇のお父様にあたります。

では、この続きはまた来週金曜日に更新いたします。