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2019年03月29日

隠された古代日本史 米の支配権―五公五民の成立①

 お米を栽培する弥生人、つまり日向の国・邪馬台国の人々の食事は一日二回。玄米飯をしっかり噛んで、副食物を適当にとれば良かったようです。


 この倭族の人数は相当な数になったと思いますが、日本での米作りは大成功を収め、倭族の繁栄の源となったのです。そして、米作りは次第に南九州に広がりました。
 実りの秋が来て、先住民の縄文時代の人々が、この御飯を食べて驚きました。それまで縄文人の家長である男は、家族を飢えさせないために、栗、芋、イチョウ、ドングリ、ゆりの根などを探すのにはいつも苦労していました。冬は寒さに震えながら、食料探しのあてもなく、どうしようかと気も狂うほどだったでしょう。勿論、食料の保管方法はとても進んでいたとは言われていますが。

 食料の確保に大変な苦労をしているところに稲作が入ってきて、人々はどうなったでしょうか。

 この続きはまた、来週金曜日に更新いたします。