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2019年03月15日

隠された古代日本史 日本にお米を運んだ人々⑥

 日本に辿り着いた倭族は、その辺りを本拠地としたようです。


一族の長はみんなを励まして、

『見よ、人々。この豊葦原(とよあしはら)の中つ国は、我らが住んでいた土地と似ているではないか。水田を作り籾(もみ)を播(ま)こう。この国をわが墳墓の地としようぞ』

 倭族の長は苗字を「天(あめ)」と名乗り、「われわれは長江・江南の地を治めた秦伯王の裔(えい)である」と言ったというのです。

米の話で思い出すのは、三波春夫が著述したり、語ったりしていた「握り飯」の思い出です。
昭和19年に出征した翌年、陸軍歩兵として戦場を駆け巡っていた時期のある日、普段は口にすることが全く無い「握り飯」が1個ずつ振舞われたとのこと。
それを食べたら、身体にチカラが入ったように気力と体力を取り戻すことが出来て「よし!」と覚悟が出来てまた、戦場に向かうことが出来たそうです。
お米、ご飯のチカラを思い知ったという経験談でした。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。