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2019年03月08日

隠された古代日本史 日本にお米を運んだ人々⑤

 さて、皇室の御先祖は天照大神と誰でも知っておりますが、天照大神(大日霊女貴尊(おおひみこむちのみこと))の御先祖たち、即ち中国江南地方の倭族の人々が、平和の天地を求めて南九州へ辿り着いたのはどのくらい前かと本を開いてみますと、中国が大争乱の時代、紀前七七〇年から五百五十年間も続いた春秋・戦国時代でした。


 弱い者が負けるのは戦争の常。越族の中のーつ、倭族の人々は東の島をめざして進みました。途中で難破して海に消えた人もいたでしょうが、南方モンゴロイド系の人々でした。主食の種籾、お蚕さんの種、農機具などを持ち込んで逃げて来たはずです。そこは宮崎県西都市辺りの西都原(さいとばる)とよばれる地方だったようです。神官の祝詞(のりと)にあります。

″日向の橘のおどの阿波岐原(あわぎがばる)にみそぎをなし 云々……″

《本に記載されている欄外解説》
春秋戦国時代 
紀元前七七〇年頃から紀元前二二一年まで、中国大陸で五百年以上も続いた戦乱の時代。孔子を始め、多くの儒学者など諸子百家が活躍した時代でもある。この時代の後期に日本へ稲作技術が伝えられた。 紀元前二二一年、秦始皇帝によって中国が統一されたことにより戦乱の時代は終わりを告げた。

お蚕、稲作、まさに衣と食で、大事だったんですね。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。