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2018年12月14日

隠された古代日本史 日本の鉄のふるさと③

 喜び勇んで彼らは「清田」という鉱山を開き、製鉄にかかりました。でき上がった鉄を使った農機具は、作業効率がとんでもなくアップしますから、人々は競い合って買っていきます。


「鋼」の貴重さに貿易商人も飛びつきました。
「おう!やったぜ!」
 彼らは肩を叩いて喜び合ったでしょう。その一団のまとめ役、リーダーこそ、(代が替わっていたか知りませんが)「八岐遠呂知(やまたのおろち)」でした。この勇ましい名前。当時は周囲を威嚇する、強そうな名前が流行っていたそうです。
 しかし、山は無惨に荒れ始め、そのために豪雨があれば下流の人たちに容赦なく土石流が襲いかかります。家を潰され家族を殺された、恨みの声が湧き上がりました。
 今も残る斐伊川(ひいがわ)の源流のひとつに「赤川」という川がありますが、鉄の赤さびで川の水が常に赤かったので、人々がそう呼んだのです。公害も出ていたわけです。

と、いうことで…、八岐遠呂知は人間でございましたね。
山が荒れての結果や公害と、大昔も今も変わらない課題です。
歴史に学び、教訓を今に生かしていかなきゃなりませんね。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。