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2018年11月30日

日本の鉄のふるさと①

 司馬遼太郎氏が「街道をゆく」の執筆にあたり、出雲地方を調べたとき、「この国は鉄の文化を作った国であると分かった」とおっしゃっているのです。私も、以前から、”鉄の文化圏”を想像しておりましたので、「司馬さんと私の考えが合致した」と嬉しくなりました。(エライまあ個人的な話ですみません)


 御存じのように、鉄の生産にかけては対岸の新羅国が先進国で、ここでは鉱石の良いものがたくさん出ましたが、問題は鉱石を溶かす火力の確保です。
 初めは山の木を伐って燃やして、でき上がり! とやっていたのですが、みんなで働けば働くほど、山は丸坊主。さすがに新羅の名職人たちもお手上げとなりました。

歌手という仕事は、日本国中を公演して巡りますので、その土地、その街、その村の風景や特色を肌身で知る日々となります。
聞くと観るでは大違い、とよく言われますよね。
16歳~76歳まで旅を続けていた三波春夫は、いろいろな場所でたくさんの方々とお話ししながら、日本という国の細かいところまでを学ぼうとしていたのだと思います。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。