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2018年11月09日

日本歴史の創立者 出雲王朝の神君⑥

 美保ケ関には、輸出する商品や輸入する珍しい物が集まりましたから、そこはまた、泥棒たちの稼ぎ場所となりました。


 素佐之男は、精鋭な騎馬軍団を中心にして陸軍を作りました。当然、治安のためです。そして海賊の略奪に備えて海軍を作り、制海権を確保しました。今に残る神事の「諸手船(もろたぶね)」のスピードは凄いものです。
 ところで、全国の港のどこを探しても”関所”を意味する名前が見つかりません。ひとつだけ、下関がありますが、これは土地の名であると思います。
 「美保ケ関」の古名は、後年に至り、大国主命の九州の妻・三穂津姫(みほつひめ)のお名前から名付けられたのだそうです。
 関という名に、出雲王朝の人々の強い理想をみる想いが致します。

次回からは、ヤマタノオロチのお話です。

来週金曜日に更新いたします。