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2018年10月12日

日本歴史の創立者 出雲王朝の神君②

 輸出品が優れていなければ発展がないのは、昔も今も変わりません。日本からの主なる品目は、出雲の砂鉄から造る玉鋼(たまはがね)や粗鋼(あらはがね)ではなかったかと私は考えます。


 それがなぜかは後で述べますが、有名な出雲の民謡「安来節(やすきぶし)」にもそのヒントは隠されています。安来節はリズミカルに、
 朝も早うからどじょうや、どじょう~
と歌っておりますが、実はこれ、川魚のドジョウではなくて『土壌すくい』であったわけです。
 中国山脈から流れ出る鉄――砂鉄は佐陀(さだ)川を始め、各河川に豊富だったといいます。それを皆さん、一生懸命にすくって稼いだ。
 NHK大河ドラマ「毛利元就」でも、石見銀山など鉱物資源の確保を目標とする戦略が進められたことが描かれていました。

 この『聖徳太子憲法は生きている』は、1998年の出版でした。その前年に、NHK大河ドラマ「毛利元就」が放送されていて、それを拝見していて気付いたことを書いたのでした。
 三波春夫は、毎年の大河ドラマを欠かさず拝見していましたが、テレビ視聴時間自体はフツーに短い方だったかと思います。大河ドラマのほかには、相撲中継(笑)。それと、ニュースと天気予報でしたか…。
 そう書きながら思い出しましたが、私が小さい頃はほッんとうに家に居る時間の無い父親でしたが、ある日私が一人で“毎週見ているマンガ番組”を見ていましたら、一緒に見始めてくれて、かなり嬉しい…と思った私でしたが、私以上に喜んで大きな声で笑って観ていたのでビックリしました。(笑)
 …どなたかとご一緒に観たテレビの思い出は、おありですかー?

ではまた、来週金曜日に更新いたします。