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2018年09月21日

聖徳太子憲法を読む 隠された古代日本史 語り部 稗田阿礼の正体は①

 『日本書紀』の製作は大変な作業だったでしょうが、本当の歴史についての記述は希薄でした。そのため、『日本書紀』が十巻まででき上がったのを御覧になった持統女帝がびっくりされて、『亡き夫君の天武がこんな歴史書を作れとおっしゃったはずはない』と、太安万侶に『古事記』の作成を命じられる運びとなりました。


 『古事記』でおかしいのは、白いひげの老人・稗田阿礼が語り部で、「日本開闢の天地創造」の場面からの神話をとくとくと語り、安万侶がそれを聞き取って忙しく筆を走らせている、という製作の仕方です。
 『古事記』の製作が始まった三百年前には漢字が知識層の常識となっています。また『日本書紀』が製作される百年前には、聖徳太子が常用漢字一万三千登用という偉業をやっていらっしゃるのです。そんな時代に、語り部という職業などなかったはず……そう考えた学者がいらっしゃいました。
 先述の原田常治氏ですが、氏の御研究の結果、語り部・稗田阿礼は女流詩人でした。

《本に記載されている欄外解説》
稗田阿礼
古事記の編纂に尽力。天武天皇に仕えた舎人(下級官僚)という説もある。 生没年不明。

むか~しの出来事ですが、解明された事実を知ると面白いですね。

この続きはまた、来週金曜日にアップいたします。