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2018年09月07日

隠された古代日本史 日本書紀と古事記③

 第七十二代白河天皇は歴代の中でも特に秀れた文化人でした。 勿論、政治に対しても熱心に当たられました。話が少々それますが、平清盛がこの天皇の御落胤であることは、当時からすでに有名でした。


天皇は、寵姫の祇園女御の妹を懐妊させたので、 お気に入りの武将・平忠盛に『そなたに遣わすから頼むぞ、女子であったら引き取るが、男子ならばそなたの後継者とせよ』 と言われたのです。

《本に記載されている欄外解説》
白河天皇
 在位は一〇七二年から一〇八六年。その後、幼少の堀河天皇(在位一〇八六~一一〇七年)に譲位して上皇となり、院政をしいた。慣例にとらわれない斬新な政策で政治の実権を掌握。仏教への帰依が厚く、後に出家して法皇となった。院政は一〇八六年から一一二九年。

平清盛
 保元・平治の乱で活躍後、後鳥羽上皇との関係を強めて政界に進出。天皇家との姻戚関係も利用して勢力を伸ばし、武士として初めて太政大臣に任じられた。その指導力は強大で、平家一党による支配を実現させ、武家政権の確立の基礎を築いた。ーーーハ~ーーハー年。

平忠盛
 水軍を率いて瀬戸内海の海賊鎮圧などに活躍し、後の平家の繁栄の礎を築いた。一〇九六~一一五三年。

「白河天皇」の話になりましたが、記紀との繋がりがあるのでした。
それはまた、次回に!!

来週金曜日に更新いたします。