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2018年08月24日

隠された古代日本史 日本書紀と古事記①

 『日本書紀』は、天武天皇十三年(西暦六八四年)に編纂の勅命が下り、十四人の編集委員が作業に入りました。それから八年後に、持統天皇の勅命によって太安万侶が『古事記』を書き始めました。


 『古事記』は二十年のちの七一二年に完成しましたが、『日本書 紀』の方は実に三十八年もかかって七二〇年に完成。命令をされた天武天皇も持統天皇も、すでに薨っておられました。
 書紀の編集者たちは、日本国家の創立者であり縄文末期の出雲王朝の神君・素佐之男尊一族の業績をどうやって消してしまおうかと苦心したようです。そして、いろいろと作り話を展開したのです。

《本に記載されている欄外解説》
持統天皇
 天武天皇の皇后で、天武天皇の崩御後に即位した女帝。天武天皇の政策を引き継ぎ、中央集権体制の整備を推進した。後の平城京や平安京の原形ともいえる藤原京を造営。在位六九〇~六九七年。

太安万侶
古事記の筆録を行うとともに、日本書紀の編纂にも関係。どのような人物であったかは謎であるが、一九七九年に火葬された遺骨と墓誌が発見されている。?~七二三年。

次回はその“作り話”のご紹介をば!

ではまた、来週金曜日に更新いたします。