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2018年07月06日

隠された古代日本史 先代旧事本紀大成経――とは何か⑧

 禅師は、綱吉公がおられた上州館林の黄檗宗・広済寺で十万人に戒を授けたと言われます。そのように凄い気迫のお坊さんだからこそ、『旧事本紀大成経』を世に問いたいと決意したので
しょう。


 潮音道海は上州の不動寺を出て、岐阜県関市小屋名、万亀山臨川寺にて寂滅されました。元禄八年八月二十四日、六十八歳でした。
 禅師はその寺へ三十巻を持ってゆかれたと、不動寺の長岡住職は語ってくれました。その三十巻こそ、潮音が最も大切な本として扱われたものでしょうか。
 永さんと住職は古くからのお知り合い。このお寺では、申し込めば、周辺から採った山の幸や選りすぐりの材料で精進料理を一般の方にも食べさせてくれます。
 舌鼓を打ちながら、ひと時、歴史の話に興じたのですが、しみじみと、人の思いと行動によって真実が伝えられてゆくのだと、感慨を深くしました。
 なお、大成経について多くの方々が研究発表をされております。私が存じ上げる範囲でお名前を記しますと、河野省三氏、阿部隆一氏、森田康之助氏、松雄清明氏、上西真澄氏、森清人氏、野沢政道氏、白石重氏、五十嵐直詞氏がいらっしゃいます。
(順不同)

本文にある、“申し込むと、精進料理が”というのは、現在はもう実施なさって
いらっしゃらないようです。

永六輔さんと三波春夫の不動寺訪問は、おとなの遠足のようで、揃って楽しそうでした。傍に居た私は、交わされる会話のアカデミックさに、到底ついていけませんでした…。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。