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2018年06月29日

隠された古代日本史 先代旧事本紀大成経――とは何か⑦

 そして、禅師は七十二巻を弟子たちに持たせ、現在の群馬県南牧村にある「不動寺」へ上がられました。


 その不動寺へ、永六輔さんと共に、あらためて大成経を拝見に伺いました。その時代に、どうやって行かれたのかと思うほど、つづら折りの坂が続く道を登りきると、潮音禅師の英志を偲ばせる絶景。巨岩の輝き、流れ落ちる黒滝のしぶきはさつさつとして、五代将軍綱吉と生母・桂昌院の帰依深く、特に三ツ葉葵の紋所を許されたという由緒にふさわしく、建物は大きな重みを見せます。

《本に記載されている欄外解説》
不動寺
 山号は黒滝山。一六七五年に潮音道海によって開山された黄檗宗黒滝派(潮音派)の本山。五代将軍徳川綱吉の帰依も厚く、特に三葉葵の紋を認められた由緒ある寺である。本尊は行基の作と伝えられる金躰不動明王と、一六九四年に寄進された釈迦如来(釈迦三尊仏)。

徳川綱吉
 徳川幕府五代将軍。生類憐れみの令を発布したことで知られる。将軍職に就く前は上州(現在の群馬県)館林藩の藩主だった。一六四六~一七〇九年。

黒滝山の描写は、そのまま「長編歌謡浪曲」の啖呵(浪曲の中の、語りやセリフの部分のこと)になっても大丈夫のようなリズムがあります。
三波春夫らしい文章で、このような描写を実際に語っているのが、『長編歌謡浪曲 天竜二俣城』の序章です。
お聴きいただけましたら幸いです。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。