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2018年05月25日

先代旧事本紀大成経――とは何か②

 ところで書物と言えば大切なのは、”紙”ですが、中国で紙が発明されたのは、西暦一〇五年と記録されているようですが、日本にその製法が伝わったのは太子の時代(七世紀)でした。百済の僧で曇徴という人が指導し、四つの製法を伝えました。 「雲紙(厚紙)「縮甲紙」「白柔紙」「薄紙」という順番です。


 その頃、朝廷の公文書は木簡から麻布の使用へと移っていましたが、いよいよ植物の楮を原料に紙が本格的に生産され、公文書も紙に記されていきます。
 さて、この大成経は大変貴重なものにもかかわらず、後年、 たいへんな迫害を受けました。悲劇は完成した推古三十年九月には太子がすでに薨去されていたことから、学者たちが、”これは偽書である”と批判にかかったこと、また、『日本書紀』の作成意図とは相反する、真実の歴史が述べられていたことでした。
 準じて、八十五条の憲法も人々の目から遠ざかることになったのです。

“曇徴”はドンチョウ、“薨去”はコウキョと読むそうです!

ではまた、来週金曜日に更新いたします。