« 前   TOP  次 »

2018年03月30日

聖徳太子憲法を読む 鼎の法道 釈氏憲法 第十七条③

鼎の法道 釈氏憲法 第十七条③

 さて、この三聖人の活躍した時代に共通点を見つけた方がいます。前述の原田常治先生です。原田先生は、三千五百年も遡り、地球の温度を調べ、地球の気候の寒暖が人間の心と歴史に大きく影響するものだと述べられています。


 例えば、中国大陸の北でモンゴル族が勢力を伸ばし、チンギス・ハンが大陸国家という巨大な課を広げ始めたのが西暦一二〇六年。後に「元」という国が成立します。これは、地球が寒冷期のさなかでした。
 そして二百年続いた寒冷の時代が終わると、南の人々が立ち上がってモンゴル族の独裁政治を駆逐し、「朱元埠」を太祖として「明」という国を建てました。
 つまり、寒冷な時代には北の民族が、温暖な時代には南の人々が勢力を拡大したというわけです。生まれた土地と地球全体の気候の合致の例と言えましょうか。

《本に記載されている欄外解説》
元 大陸に勢力を広げたモンゴルが、チンギス・ハンの孫、フビライの時代に都を大都(北京)に移して国名を元とした。朝鮮半島の高麗を服属させた元は、鎌倉時代に二度にわたって日本へ来襲した。一三六ハ年に明によって滅ぼされる。

明 朱元環がモンゴル民族を北へ追い、一三六八年に洪武帝として即位して建国。日木の室町幕府は正式に国交を開いて貿易を行った。一六四四年、清が中国を統一したことにより滅んだ。

 面白いものですね。
 三波春夫は新潟生まれですから、寒さが強い土地が故郷です。13歳で東京に出てしまいましたけれど。
 こどもの頃の冬は豪雪で、2階から出入りをする家もあったと言っていました。でも、元気のいい少年だったようで、歌手になってからペンネームを「北村桃児(きたむらとうじ)」としましたが、“北の村に生まれた、桃のような元気な子”という意味だそうで。北の桃太郎というイメージだったのでしょう。
 そんな「三波春夫」を、明日の27時~ニッポン放送「三波美夕紀のオールナイトニッポンR」で2時間たっぷりお話しします。歌もいろいろお聞かせします。どうぞお聴きください。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。