« 前   TOP  次 »

2018年03月02日

聖徳太子憲法を読む 籠の品道 釈氏憲法  第十六条②

籠の品道 釈氏憲法  第十六条②

《三波春夫の解説》
 外国での宗教の争いは凄いですね。過激派グループが相手に物も言わさず銃を発射したり。人を救けるはずの宗教家が何てことをするんでしょうか。


 太子が、一宗一派を作ることの怖さを厳しく示しておられます。現代の宗教家の動きをみると、さてどんなものでしょうか。問題が大きそうですね。
 実は太子が懸念されて以来、朝廷の指導で、奈良には鑑真和上の唐招提寺、京都には最澄伝教大師の比叡山延暦寺が僧侶の大学校として設立され、仏教を広い視野で教導する策がとられました。徳川時代には戸籍簿(過去帳・人別帳)を寺の仕事にするなど、仏教は日本人に根を下ろしました。
 歴史を辿れば、中国の「西遊記」の主人公・三蔵法師が仏典を求めてインドへ行き、やがて中国で翻訳され、西安市に大雁塔という仏典を納めたとてつもない建物が、時の帝皇の命令で建立されたほど仏教が興隆し、そして、朝鮮の名僧たちを経て日本への伝来となったのです。

《本に記載されている欄外解説》
鑑真
 奈良時代に唐から渡来した僧で律宗の開祖。日本からの要請に応えて来日を決意するがたびたび失敗し、十余年の苦難を乗り越えて来日したときには失明していた。来日後は、東大寺に国内初の戒壇を設けたり、唐招提寺を開くなど日本の仏教の発展に寄与した。六ハハ~七六三年。

最澄(伝教大師)
 平安時代初期の僧。比叡山延暦寺を開いた天台宗の祖。空海らと唐に渡り、翌年帰国して天台宗を開いた。 七六七~ハ二二年。

 「戒律ばかりの宗教は、人を幸せにしないのではないか!?」などと父とオシャベリしたことを思い出しました。

 ではまた、来週金曜日に更新いたします。