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2018年02月23日

聖徳太子憲法を読む 籠の品道 釈氏憲法  第十六条①

籠の品道 釈氏憲法  第十六条①

『震旦に宗あり。
者あれば必ず焉に至りて、自と他並び立ちて以て諍無きことなし。
宗の諍は獅子身中の虫なり。
己を食い己を斷つ、亦、兩虎の諍に似て傍の狐の食と成らむ。
亦、檀越をして闘わしむるに至り、國の亂れは是れより起れり。
宜しく無我に人りて諍の本を断つべし。』


《読み方》
しんたんに しゅうあり。
しゅうあれば 必ず ここに いたりて、じとた 並び立ちて もって いさかい無きことなし。
しゅうの いさかいは 獅子しんちゅうの 虫なり。
おのれを くらい おのれを 断つ、また、りょうこの いさかいに 似て そばの 狐の えじきと ならむ。
また、だんのつをして たたかわしむるに 至り、国の 乱れは これより 起これり。
よろしく 無我にいりて あらそいの もとを たつべし。

《訳》
 震且には宗派がある。宗派があれば自他共に執着するから、争いが起こる。宗派の争いは獅子身中の虫だ。己を食い、そして己を絶つもので、また両虎の闘いに似て、互いに滅びて、傍らの狐の餌食となる。さらに檀越を争わせるに至って、国の乱れはここから起こるのである。よろしく無我の境に入って、争いの根元を絶つべきである。

 この条文に書かれた問題は、太子の時代にすでにモンダイで現代まで続いているのですよね。
 さて、この条文についての三波春夫の解説は、次回からご紹介して参ります。

 また来週、金曜日に更新いたします。