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2018年01月19日

聖徳太子憲法を読む 日の主道 釈氏憲法 第十一条②

日の主道 釈氏憲法 第十一条②

 そう言えば、釈迦やキリストも数々の奇跡を起こしたことが伝えられています。きっと釈迦もキリストも凄い超能力者であったのでしょう。


 太子の伝記の中にも、幽体離脱といわれる秘法を使い、太子御自身は法隆寺の夢殿におられながら、魂だけが中国の衡山にある寺に飛び、残して来られた御自分の経文を取っておいでになった、と書かれています。
 そのときの様子を、衡山の老僧たちが後々まで語ったところによれば、「太子は五百人の従者を連れて青竜の車に乗って衡山を勧ね、蔵にあった一巻の経を持たれると、たちまち東方の空を翔けて帰られた」とか。そして「太子のお顔を拝すると、中国で高僧の誉れ高い念禅法師さまに瓜二つだった」ということです。また、太子は御自分の前世について、『二百四十年の問に五度私は生まれ変わり、最後に日本の皇族の一人として生を受けたのである。今ここに、天地、三法の道を明らかにして憲法を記したことは満足であった。だが悲しい哉、私の家族、子供たちはすべて途絶えるであろう。政変に巻き込まれるからである』と予言されたそうです。
 この不思議な偉人・聖徳太子。今に残る太子像は、優しさに溢れたものばかりでなく、厳しい表情を見せたものがあります。強さと激しさを持つ優れた政治家であり、文化人でもありました。

《本に記載されている欄外解説》
 念禅法師
 聖徳太子の前世といわれる中国の僧。実在の南獄慧思大師のこと。法華信仰や末法思想の流布により、古代中国屈指の高僧として知られる。515ー577年。

太子が飛んで行かれたところって、どんなんだったか。
見てみたかったです、ね…。

三波春夫は歴史上の偉人を「長編歌謡浪曲」に書きましたが、
『歌になる人物、ならぬ人物があります』と話していました。
この意味の中には、人物の、ココ!という要点を濃く短くバッチリと描けるかどうか、ということがあります。
その点で、徳川家康は歌に書かなかった、と話しておりました。

聖徳太子も、長編歌謡浪曲にはならない人物でしたでしょう。
“超編”と付けて、通常ではない雰囲気でなら、だったでしょうか。笑。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。