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2018年01月12日

聖徳太子憲法を読む 日の主道 釈氏憲法 第十一条①

日の主道 釈氏憲法 第十一条
『大藏に雨を請い、晴を請い、災を伏し、亂を治める修法あり。
賢僧、之を修うときは驗なすこと、世世以て證あり。
是れ悌典は、
天を服え、神も歸し、龍も服い、鬼も降すの霊證あり。
或し證者なくば何を以てか、幽地を説き其の賓を見わさん。
効驗の有無は憎者の徳にあり。』


《読み方》
だいぞうに 雨を請い、晴れを請い、災いを伏し、乱を治めるしゅうほうあり。
けんぞう、これを おこなうときは ききめ なすこと、よよ もって あかし あり。
これ 仏典は、 天をしたがえ、神も きたらし、龍も したがい、きも くだすの れいしょう あり。
もし ときあかすもの なくば 何をもってか、ゆうじ を 説き その まことを あらわさん。
ききめの ありなし は そうりょの 徳に あり。

《訳》
 大蔵経には、雨を請い、晴れを請い、災いを伏し、乱を治める呪法がある。賢憎がこれを修して験を得た証(しるし)が世々にある、仏典は天も従え、神も帰し、竜も従え、鬼も降る霊証である。その証がなければ、何をもって幽地、冥府を説いた実(まこと)を見せられようか。勃験の有無は、僧者の徳のいかんにある。

《三波春夫の解説》
 当時、こんなに凄い超能力を持った僧侶がいたのでしょうか。 平安時代の末期、あの『平家物語』の時代に、我が国の説教節の元祖と崇められた藤原澄憲法印というお方がいました。『この人の弁説の才に勝る人はいない』と、時の関白・藤原兼実が日記(玉葉)に記したほどの人物なのですが、驚くことになんとも不思議な超能力を持っていたらしいのです。京都が干天続きで皆が大変困っているとき、天皇の勅命を受けた澄憲が、御所の清涼殿の庭前において雨乞いの修法を行ったところ、今までの干天が嘘のように雨が激しく降り出し、人々は狂喜し、天皇までも澄憲を伏し拝んだと記録にあります。

新しい年となりました。
この一年が良いお年となられますよう、お祈り申し上げます!!

年初のブログにふさわしく ?!、スペクタクルなワザのお話でした。
人の力は、自分自身で良い方向へ磨いていけば、大いなる可能性があるということでしょう。
がんばりましょうー。笑。

本年もどうぞよろしくお願い致します。
ではまた来週、金曜日に更新いたします。