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2017年12月08日

聖徳太子憲法を読む 契の信道 釈氏憲法 第八条

契の信道 釈氏憲法 第八条

『僧となりては深しく古佛の在處を尋ね見よ。
報ゆるに佛の報土無きことなし、或は理解して他に古佛なく
自らの性の是れなりと謂う。又、佛は是れ理の名にして
其の人無しと謂う。
若し成佛の人なくば汝悟りて何者とならむ。
又佛の感應あるも諸、理のみ何ぞ感應を作さんやと謂う。
是、因果撥無の見のみ須く信に住りて
諸佛三身の境界を見るべし。』


《読み方》
僧となりては きびしく こぶつの 在所を 尋ね見よ。
むくゆるに 仏の ほうど 無きことなし、或は がけんして 他に こぶつなく 自らの うまれつきの これなりと いう。又、仏は これ りの名にして その人無しと いう。
もし 成仏の人なくば 汝 悟りて なにものと ならむ。
又 仏の かんのうあるも これ、理のみ 何ぞ かんのうを なさんとやと いう。
これ、因果を むしするの けんのみ すべからく しんに とどまりて しょぶつさんしん の 境界を 見るべし。

《訳》
 僧となったならば、深く古仏のありかをたずね見よ。あるいはほかに古仏はいない、自性がこれだといい、また諸仏は理の名であって、その人はないというが、もし成仏の人がなければ、汝がさとったとき、何の仏となるのか。さらに、仏の感応があるとは理ばかりというが、これは因果を無視し破るものだ。ぜひ信仰に専念して、諸仏の境界を見なさい。

《三波春夫の解説》
 ここでは、”僧たちよ、古仏の在所をたずねて勉強することが大切である。御仏もまた、日本の神と同じように諸人を救った偉人である。よく、その成仏された事跡を調べて、自分のカとせよ”とされています。
 生きた学問とはまさにこのことを言うのですね。

生きた学問。
三波春夫の学び方も、それだったかと思います。
学歴は小卒ですが、その後、社会に出て働きながら独学で学び、先輩や年長者から聞いたことを消化して深く覚え、自分の経験から学んだことを日々磨く。
それを生涯ずっと続けていた人だったと思うのです。

そんな生涯を、明日の夜、BSフジ「歌藝一代・三波春夫 国民的歌手の真実」でご覧頂けましたら幸いです

ではまた、来週金曜日に更新いたします。