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2017年11月10日

聖徳太子憲法を読む 鏡の智道 釈氏憲法第五条②

鏡の智道 釈氏憲法第五条②

《三波春夫の解説》
 このように、太子は厳しい戒律をおっしゃっています。


 鎌倉時代に浄土真宗を開いた親鸞は、「在家のままでよい。妻帯も佳し。私の念仏は私のために唱えるもので、先祖供養のために南無阿弥陀仏とは唱えるものではない」と語って、宗教団体を作ることをしませんでした。
 親鸞が結婚した事実は、世人を驚かせたと言われますが、その前例はすでにありました。天台大僧都法印大和尚、藤原澄憲。比叡山で修行して二十六歳で山を降り、京都の北大路に住んで結婚。九男一女をもうけました。この澄憲法印の三男・聖覚は親鸞の友人で、浄土宗の開祖・法然上人への弟子入りの仲介をしたそうです。

《本に記載されている欄外解説》
親鸞
 平安時代末期から鎌倉時代前期にかけて活躍した僧。法然の下で学び、後に浄土真宗の開祖となる。他力本願、悪人正機説を唱え、肉食妻帯も往生の妨げにならないとして自ら実践した。一一七三~一二六二年。

法然
 平安時代末期の僧で浄土宗の開祖。念仏の信仰に到達して浄土宗を開いたが、そのために旧仏教から敵視され、一時は四国へ配流された。一一三三~一二一二年。

三波春夫の組曲アルバム『平家物語』では、三波が「藤原澄憲」に扮して「説教ぶし」という”語り”をして、物語を紡いでいます!
お聴き頂けましたら幸いです。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。