« 前   TOP  次 »

2017年09月29日

聖徳太子憲法を読む 鼎の法道 神職憲法 第十七条 ③

鼎の法道 神職憲法 第十七条 ③

 そして、この頃からぼつぼつ、片仮名文字も工夫されたと思われます。例えば『イ』は「似」の片側から、などと考え出されてゆきます。


 後世、カタカナを完成させた人は、学者・宰相として「弓削道鏡の事件」を解決した吉備真備(岡山県吉備町・八掛町の人)でした。
 大仏建立の聖武天皇の皇女・安倍内親王(後に孝謙・称徳天皇として二度皇位についた)の学問の師となったとき、漢字の読み方をより分かりやすくするためにカタカナをまとめ上げたそうですが、もちろん内親王のためだけでなく、日本の文化を念頭に作業をされたのです。
 今やカタカナ文字は、なくてはならないものとして活躍していますが、文字をこれほど多彩に使い分ける民族は他に例を見ないと言い切れましょう。
 太子が第十七条で、世界の哲学を学ぶのだと示されたことの実現の手だてとして、こうした文字の整備という細かな配慮があったのでした。 漢字にふりがなをつけるということは実に分かりやすくて、日本の独特の文明ですが、歴史を遡ればそこには聖徳太子がおられたのです。
 ワープロに頼って漢字を忘れがちの現代。文字は人柄を表します。字を書くことは心がけて大事にしたいものです。

《本に記載されている欄外解説》
吉備真備
 奈良時代の政治家・学者。唐に二十年留学した後帰国。築城や反乱の鎮定などで功をあげ、右大臣にまで出世した。六九三~七七五年。

マネージャーとして父と仕事を一緒にしていた折の、エピソードをひとつ
申し上げます。
当時、夜間でも度々FAXで、たとえば「明後日の入り時間が決まりましたから、お知らせします」とか「先程、現場で私が言ったことを補足しますと…」などとヤリトリしていたのですが、ある時、私、疲れていました(笑)ので、手書きでなく、それこそ”ワープロ打ち”を送ったのです。
そうしましたら、父が、
「どんな字になってもかまわないからさ、書いて送ってくれる?美夕紀がどんな気持ちか、わかるから」
と。まさしく、御意!なことでした。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。