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2017年09月22日

聖徳太子憲法を読む 鼎の法道 神職憲法 第十七条 ②

鼎の法道 神職憲法 第十七条 ②

 さて 、時代は遡って聖徳太子の時代より約二百年前のことですが、 第十五代応神天皇は、朝鮮半島にあった百済という国に対し、
「朝貢せぬとはおかしいぞ、物の代わりに学者を派遣して貰いたい」と、
申し入れました。


 そして渡来したのが王仁博士です。後に帰化したこの方の話は、皆さまも御存じでしょう。このとき博士は、論語十巻と真草千字文一巻を献上したと言います。これらは読み物としては日本の有識階級にかなり広く行き渡っていきましたが、これはいわば外国語のままでした。
 約二百年の後、この漢字を日本の文字として正式に決め、普及させたのが聖徳太子だったのです。太子は、一万三千字の公用を決めて、漢字の右側に日本読み、左側に韓読みのルビをつけましたからたいへん便利でした。中でも特に喜んだのは百済から来た文化人たちです。故国を追われたり逃れたりして、日本に帰化する覚悟で渡って来て、朝廷で大切な仕事をしていた人々は大勢いました。

解説は、まだ続きます。

来週も金曜日に更新いたします!