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2017年07月21日

聖徳太子憲法を読む 天の公道 神職憲法 第十四条①

天の公道 神職憲法 第十四条①

『吾國は天尊齋元の國なり。神代すら、尚未だ人魂を祭りて
神明に混えず、人代も之に随う。
皇王臣連は先人を崇むと雖も神號を以てせざれ。
陵廟を尊ると雖も大祭を以てせざれ。
之に依って芳野、莵挟の如く、己現の霊神に非らざれば、
社祠を造り祭祀を致すこと勿れ。』


《読み方》
我が国は あまつみこと いみつもと の 国なり。
じんだい すら、尚 いまだ じんこんを まつりて しんめいに まじえず、いまのよ も これに したがう。
みかど おみむらじ は そせんを あがむと いえども しんごうを 以って せざれ。
みささぎ みたまや を まつると いえども おおまつりを もって せざれ。
これによって よしの、うがの ごとく、しげんの おおみかみに あらざれば、やしろを 造り、まつりを なすこと なかれ。

《訳》
 わが国は天尊、斎元の国である。神代ですらも人魂を祭って、神明に交えなかった。人代でもまたこれに従うべきである。皇王、臣連、みな父祖を崇めても、神号をもってしない。陵廟を尊ぶとも、祭礼に神事をもってしないこと。これによって、芳野、莵挟のような霊神でない限り、社祠を造り、祭礼をいたすことなかれ。

《三波春夫の解説》
 この条文に記されている”人魂を記りて神明に混じえず”というのは重いものですね。
 すっかり寂れてしまった神社の前を通ると祀られた人は”厭だなあ、儂を勝手に祀ったかと思ったら、後はほったらかしにしてと……”と言っているような気がします。やはりお祀り申し上げる日本の神々は、真に国家と社会に大きな足跡を残した人物で、皆から末長く崇められる方でなければならないのでしょう。
 しかしどういうものか、日本には怨霊を鎮めるために神として祀る風習があります、天神さまと呼ばれる菅原道真の例が代表的ですね。
 菅公は遣唐使に任命されながら、「もはや彼の国(唐)から何も学ぶことはありません」と天皇に奏上して、八九四年に遣唐使の廃止を決めました。この話でもわかる通り、菅公は物事をきちんと見定めることができる頭脳明晰な大臣でした。

三波春夫による「菅原道真」の解説は、まだ続きます。

また来週金曜日に更新いたします!