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2017年07月14日

聖徳太子憲法を読む 地の徳道 神職憲法 第十三条

地の徳道 神職憲法 第十三条

『神明は己なし天の君子なり。
神職、當に之に則るべし、神官然るに動もすれば、
佛典の興起を嫉み、儒文の弘行を排す。
佛は大覺を勧め、儒は人倫を治む。汝の宗源を妨げず、
また齋元を遮らず、自ら時あって来る。防護すべからず、
寧ろ他の隆なるを妬まんより己を興して隆にせよ。
興すことは、勤修にあり、隆むることは學習にあり。
排す時は共に廢れ、學ぶ則は共に立たむ。』


《読み方》
しんめいは おのれなし 天の 君子なり。
神職、まさに これに のっとるべし、かんづかさ しかるに ややもすれば、ぶつがくの おこれるを ねたみ、じゅがくの ひろまることを 排す。
仏は だいがくを 勧め、儒は じんりんを 治む。
汝の しゅうげんを さまたげず、また さいげんを さえぎらず、みずから 時あって きたる。
防護すべからず、むしろ 他の さかんなるを ねたまんより おのれを おこして さかんにせよ。
おこすことは、はげむことにあり、たかむることは 学習にあり。
排す時は共にすたれ、学ぶときは 共に 立たむ。

《訳》
 神明には私がない、天の君子である。神職はこれにのっとれ。しかるに、神職はややもすれば仏典の興起を嫉み、儒文が広く行われるのを排そうとする。仏教は大覚を勧め、儒教は人倫を修めるものだ。少しも汝の宗源を妨げないばかりか、斎元を遮らない。時運あってこの国に渡来したものだから、流入を防ぐべきものではない。むしろ他の隆盛を嫉妬するよりも、己を興して盛んにせよ。興すのは勤修にあり、隆んにするのは学習にある。いたずらに排撃すれば、共に廃れるが、学ぶときは共に立つものである。

《三波春夫の解説》
 この条では”嫉妬心を抑えて学問せよ、仏教は人問の力や宿命の限界を大きく悟らせる学問、儒学は人間の日常の心得の根本を説くものである。決して神職たちの仕事を妨害などするものではない。妬む心を捨てて、神官たちが自己を鍛え、真の宗教家となって欲しい”とあります。

父が「太子の憲法は、人の習性を熟知なさってのものだけに、人が陥り易い間違いをズバリと指摘している」と言っておりました。
本日の条文も、神職ではないにしても、周囲の何事にも嫉妬することなく振り回されることなく、自分のやるべきことを磨いて努力していくんだよ、という教えとして受け取れる気がします。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。