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2017年06月23日

聖徳太子憲法を読む 花の事道 神職憲法 第十条

花の事道 神職憲法 第十条

『本蹟縁起の齋は社祠に依って異なるなり。
陰屋、出郷は限に屈い還り入りざれ、
自詣、他詣は理を用い赦し納れざれ。
忌齋は厳秘なれば以て神鎮まり社立つ、職者は倦み泥みて
忽せに為すときは、神は去り社も廢れる。』


《読み方》
ほんしゃくえんぎの ものいみは やしろによって 異なるなり。
かげいみ、まかいでいみは さだめに したがい かえり いりざれ、
あれもうで、よそもうでは 理を 用い ゆるし いれざれ。
いみものいみは ひのひ なれば もって 神しずまり やしろ 立つ、
はうりびとは うみ なじみて ゆるがせに なすときは、
神は 去り やしろも すたれる。

《訳》
 神に本跡縁起があるので、斎(ものいみ)は各社詞によって異なるのである。陰屋(かげいみ)、出郷(まかいでみ)は、ほどよくへり下り、ふりかえり入ることなく、また、自らの詣でにも、他のものの詣でにも、理窟をつけて赦し入れるな。忌斎が厳秘であることをもって神は鎮まり、社は立つのである。神職のものが倦み怠り、ゆるがせにするときは、神は去り社は廃れるものである。

《三波春夫の解説》
 この条文では、”神職が道にはずれて斎事を怠れば、神さまは愛想をつかして去ってしまわれる”と、厳しい指摘があります。

そうなりますと…今や、神様が去られていて空っぽの神社、に、知らずに参拝していることも、有るのでしょうね!?

ではまた、来週金曜日に更新いたします。