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2017年06月16日

聖徳太子憲法を読む 龍の謙道 神職憲法 第九条

龍の謙道 神職憲法 第九条

『神の行いは、信を先とし理を次ぎとせよ。
理はこれ賢に非らざれば徹らず。聖に非らざれば盡さず。
徹らざる則は知を差え、盡さざる則は邪に悟り、還って神を
無し、乍ち咎に當らむ。信を堅め、宗を堅め、實に依って理を
明らかにせよ。達らずと雖も過ちは無からむ。』


《読み方》
神のおこないは、まことを さきとし 理を つぎとせよ。
理は これ けんにあらざれば とおらず。
ひじりに あらざれば つくさず。
とおらざるときは 知を たがえ、つくさざるときは 邪に悟り、かえって 神を無くし、たちまち とがに あたらむ。
まことを かため、もとを かため、じつによって ことわりを 明らかにせよ。
いたらずと いえども あやまちは 無からむ。

《訳》
 神職の修行は、信を先にし、理を後にせよ。理は賢人でなければ貫きとおせられず、聖人でなければ尽くされない。理に通らなければ、知に差があり、理を尽くさなければ、邪を悟り、かえって神道をないものとし、神の咎(とが)に当たるものである。ただ信を堅くし、行を勤めて、実によって理を明かにすれば、達しなくとも、過ちはないものだ。

《三波春夫の解説》
”神事は信の心が第一であり、理屈は二の次である。信の心をもってすれば、過ちはないものだ”と、あります。そして、”聖人でもないのに神事の理屈をつくそうとしても、邪な悟りに達してたちまち神罰が下るだろう”とおっしゃっています。

仕事でもスポーツでも同じように、素人同然の頃は、「理屈を言わずに、まずやってみなさい」と言われますものね。
頭デッカチはダメだよ、と親にも言われた気がします。笑。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。