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2017年06月02日

聖徳太子憲法を読む 冠の位道 神職憲法 第七条

冠の位道 神職憲法 第七条

『祭供の由るところ常者は神恩に謝し、別者は災禍を祓う。
故に祭る則はむかしの若くし、略して残をもちいず、軽疎に
為ず。供儀は、法の如くし供に悋惜を以てせざれ。倹約を
加えず。供除を蓄えず。黨從に別けず。供具は納めず。
之れ皆、河流に随し、喜悦と軟和を以て之を行い、荒しく
威かし瞋らざれ、是れ神祭なり。』


《読み方》
まつりそなえ の よるところ 常には神のめぐみに謝し、別には わざわいをはらう。
ゆえに まつるのりは むかしのごとくし、略して のこりものをもちいず、おろそかに なさず。
おそなえの儀は、つたえのごとくし、そなえものに ものおしみを もってせざれ。
倹約を加えず。きょうよを たくわえず。とうじゅうに わけず。きょうぐは おさめず。
これ皆、かりゅうにながし、よろこびと やわらぎをもって これを行い、あらあらしく おどかし いからざれ、これ かみまつりなり。

《訳》
 神前にお供えするに当たっては、常に神恩を謝し、特別の場合には災禍を祓(はら)うものであるから、やぶさかな供えをしないで、きまりに従ってものおしみせず、倹約をしないことだ。お供えの余ったものは、蓄えたり、分けたりしないこと。 お供えに用いた道具は、再び使用しないように納めないこと。これらはみな、河川に流すがよい。神をお祭りするには、喜び和やかであって、怒り慢み、荒ぶり威張ったりした振る舞いがあってはならない。

《三波春夫の解説》
 まず”お祭りのお供えはケチケチするな、しっかりやらなければいけない”そして”供御の品々は、祭事が終わったら河川に流せ”とあります。千四百年前の供御のことですから、充分に理解ができますけど、日本人の性癖として、自分に不要な物、汚れた物を川に流すという始末の悪さがあります。これは、太子の言われたこととは全然違うものですね。
 また、供御の品々は伊勢皇大神宮の奉仕ぶりなどを拝見すると実に大したものですけど、毎日お供えする神さまのお食事などは、たしかにこの憲法に書かれた通り、お下りを喰べるとい
うのはやはり間違いでしょう。


 伊勢神宮のお話が出て来ましたが、三波春夫は1967(昭和42)年に「第60回式年遷宮の歌」として『伊勢神宮奉賛歌 日本の祈り』を奉唱しています。また、『お木曳音頭』も歌っていて、現在でもご当地で踊って頂いています。
 この2曲は同年の5月に全国発売されていますが、『日本の祈り』は三波の逝去後も神宮から再プレスのご注文があり、式典での記念品のひとつとして配布されました。
 格調のある、清々しい歌で、配信もされていますので、一度お聴き頂けましたら幸いです。

 ではまた、来週金曜日に更新いたします。