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2017年05月19日

聖徳太子憲法を読む 鏡の智道 神職憲法第五条

鏡の智道 神職憲法第五条

『社の行法は恭敬に止まれ。神は是れを眞明の境なり、
之に由りて社事の百箇は皆く
霊事なり。等簡の仕方は焉んぞ之を能くせしむ。
故に、崇尊を致し、敬恭に格せよ。』


《読み方》
みやしろの かむごとは うやまい つつしみに とどまれ。
神は これを まことのあかしの みさかいなり、
これによりて かむごとの すべては ことごとく すしごとなり。
なおざりの やりかたは いずくんぞ これを よくせしむ。
ゆえに、あがめたてまつりを いたし、つつしみに ただせよ。

《訳》
 社(やしろ)の行事は、恭敬であれ。神は真明の境であるから、社事の万端はみな霊事であって、等閑(なおざり)の仕方であってはならない。崇尊を極め、敬恭であらねばならぬ。

《三波春夫の解説》
 ”社の行事は恭しく敬いの心をもって行え。社事のすべては霊事であるから、決してなおざりのやり方をしてはならんぞ”ということですね。
 神職にある者が神社の行事を執り行う際の心構えを示されておられます。

神職に限らず、ですよね。
真摯な心、真心を大切にして仕事をする、暮らすことは、父も心掛けていたことだったと思います。
毛筆で書く色紙の言葉の中に、”真心”もありました。
色紙は、例えば駅頭や劇場の楽屋口などで急に「お願いしまーす!」と頼まれる以外は、出来る限り毛筆で書いて落款するタイプでした。
「サイン色紙は残るものでもあるので」と、真心こめて書いていました。

では、また来週金曜日に更新いたします。