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2017年04月21日

聖徳太子憲法を読む 月の禮道 神職憲法 第三条②

月の禮道 神職憲法 第三条②

 私たちが神社参拝をするとき、なんと言っても神主さんの動きはとても大切な意味を感じます。堂々としていて謙虚に、厳かに、礼を尽くすという姿が理想です。


 神の御魂の宿る奉幣や榊が用いられて、参拝者はみそぎの儀式を受けるのですが、そういうとき、神職にどれほどの力というか気力があるものかと考えてしまいます。勿論、すばらしい神主さんも存じ上げていますが、多くの神主さんたちには勢いがないように感じます。
 太子が、『神前においては静かに振る舞って、厳かに奉幣せよ』と書かれたのは、神と向かい合ったときの心構えを指しておられるのではありませんか。
 参拝者の躰にある諸々の業をみそぎするときは、神を背して榊を振るのですから、神道からすれば、神の御力を持ってこの子孫たちに幸福を与えなければならぬという気持ちで行わなければいけないはずです。
 私は歌手だから余計に気になるんでしょうが、音吐朗々とした祝詞を上げる人が少ないですね。参拝者としては、祝詞の内容をはっきりと聞きたいと思います。それに、気の抜けた祝詞を聞かされたら、神様だって何をフニャフニャ言ってるんだ、わざわざ神界から降りて来てあげたのに、もう帰るぞ!ということになりませんかね……。
 ここでまた、神社と祭神について少し触れておきたいと思います。
 日本で最初に神社に祀られたのは出雲の素佐之男尊で、熊野というところでお隠れになられ、そこにお祀りしたので熊野神社と申し上げました。
 その後、全国に氷川神社、櫛田神社など、社名が違っても一番多く神社の主祭神となっておられます。

 確かに、年齢に関係なく、ヒョロヒョロとしたお声の神主さんもいらっしゃいますので、そういう方にはゼヒ、三波春夫の長編歌謡浪曲など聴いて頂き、腹から声を出そう!と思って頂けないでしょうか…。
というのは冗談ですが。

 次回、神社の御祭神の話が続きます。
 また来週金曜日に更新いたします。