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2017年03月17日

聖徳太子憲法を読む 神職憲法十七条①

神職憲法十七条①

 神職憲法に入る前に……、私が「神様」と言いますと、『お客様は神様です』のフレーズを思い出す方がいらっしゃるようなので、少々脱線をしますが、これについてお話をします。


 この“キャッチフレーズ”は、お客にゴマをすって婚びる言葉だろうと言われたり致しますが、そんな程度の意味であったら流行語にはならずに消えたのではないかと思います。
 お客様を神と観じたのは、歌手としてステージに立つとき、目の前に偉大な力を感じるからです。
 お客様に喜んで頂くために良い歌を歌いたい、そのためには歌手自身が、また芝居をするならば俳優が完壁な歌や語りを演じるとき、大袈裟な表現ですが、心に雑念があってはならないのです。神前に手を合わせたときと同様に、清らかに澄み切ったもの。禅学でいう「無念無想」の心境でしょうか。
 歌手の場合は会場も変われば、日々お客様の雰囲気もがらりと変わるもので、あるときは歌に酔ったお客様がまるで津波のような揺れと動きで盛り上がり、中には花束を持ってステージに駆け上がるお方もいらつしゃいました。
 しかしいかなるときでも、歌を充分に歌い上げなければ価値はありません。どんなことが起きても、瞬時に平静心に戻って歌うのがプロです。その心構えというものは、永い間の経験を通して会得するものだと思います。
 歌を悦んでくださるお客様の笑顔は、私にとっては何物にもまさる宝物。それよりも尊いものと言わねばなりません。そして怖いと思うのは、お客様こそすべてを見通していらつしゃることです。芸人のごまかしなど通用するものではありません。
 神様は何もかも御存じです。ですから真剣に、毎日精進をするわけです。長くなりました、私の話はここまでに致します。

補足いたしますと、”お客様は神様です”の”お客様”というのは、三波春夫の歌を聴いてくださっているお客様、聴衆のことです。
飲食店やコンビニのお客様でもなければ、タクシーやバスの乗客でもありません。
”お客様は神様です”は、三波春夫がお客様の前で藝を披露するときの信条を表現したもので、三波春夫と聴衆との関係に限ってのこと、です。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。