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2016年11月18日

聖徳太子憲法を読む 鏡の智道 儒士憲法 第五条

鏡の智道 儒士憲法 第五条

『學問は是れ習いてさとるのみ。
學ぶに先聖の蹟に習い、問うに先聖の理を?にす。
文以て之を乗せ、 或は蹟をすて、理を取り之を用いるを學と謂う。
蹟なきの理は空理。理なきの文は空文。
なんぞ周孔の道となさむ、故に人の先にありて人従わず或は従えども利なし。 』


《読み方》
学問は これ ならいて さとるのみ。
学ぶに さきつひじりの あとに ならい、
問うに さきつひじりの ことわりを あきらかにす。
ぶんもって これを乗せ、
あるいは あとをすて、
ことわりを とり これを 用いるを 学という。
しるしなきの ことわりは そらごと。
ことわりなきの ぶんは そらごと。
なんぞ 周孔の道となさむ、
ゆえに 人の先にありて 人 従わず
或は 従えども 利なし。

《訳》
 学問は習ってさとるほかにはない。学ぶには先聖の行った跡を習う。問うことは、先聖の理を明らかにすることである。文義詞法は、その上に自ら備わるものだ。しかるに、あるいは先聖の跡を捨てて、理のみを取って学問というが、跡のない理は空理であり、理を失った文は空文である。どうして周孔の道といえよう。だから今日の学問は、学ぶべき人は先にあるが、それに従わないし、仮に従っても文詞のみにとらわれるから、道において利益するところがない。

《三波春夫の解説》
 ”学問は先人に学ぶことが大切である。先人に学ぶことがない学問は空ごとである”とあります。
 昔の人から学ぶことは多く、学間に限ったことではありません。現代に生きる私たちも、先人に学ぶという姿勢を大事にしなければいけないと思います。

自分が携わっている仕事や活動において、先人が開拓したことを見直してみて気付くこと、身に付くことってありますよね。
先輩の志を引き継いで工夫を重ねて、夢を実現させてゆく…。
それがいくつも出来たら、素敵です!
私めも、「三波春夫」の思いを継いでガンバルゾ、です。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。