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2016年11月04日

聖徳太子憲法を読む 月の禮道 通蒙憲法 第三条

月の禮道 通蒙憲法 第三条

 『儒の學は禮樂にあり。禮は人の儀を道め樂は人の和を調う。
 禮を學んで天の節文に諧い、
 樂を學んで天の運度に諧う。
 我を節するは禮なり、是れ儀は天にありて即ち我にあり。
 我を節するは樂なり、是れ調は天にありて即ち我にあり。
 禮樂、天我、皆教えはーなり。維則ち一に至る道なり、
 是れ人倫の常たるを訓え、纔にも撩る則は禮にあらず、
 何ぞ道にあらむ。』


《読み方》
儒の学びは れいがくにあり。
れい(礼)は 人のふるまいを おさめ がくは 人の和を ととのう。
礼を学んで 天のせつぶんに かない、
がくを学んで 天の うんどに かなう。
我を せっするは 礼なり、
これ ふるまうは 天にありて すなわち 我にあり。
我を和するは がくなり、
これ 天にありて すなわち 我にあり。
れいがく、てんが、みな 教えは一つなり。
これすなわち 一つに いたる道なり、
これ じんりんの つねたるを おしえ、
わずかにも はづるときは 礼にあらず、
なんぞ 道にあらむ。

《訳》
 儒学は礼楽にある。礼は人の 振る舞いを導き、楽は人の和を調えるものである。礼を学んで天の節文(程よく飾る〉に合い、楽を学んで天の運度に和する。 己を適度にするのは礼である。このよそおいは天にあるから、すなわち己にあるのである。己を和するのは楽である。この調和は天にあるから、すなわち己にあるのである。礼と楽と天と我との四つは、数えがーつであって、一つになるときはすなわち道となるのである。人倫の常として、常を教えるのみである。
 いささかでも外れれば、最早礼ではない。どうしてもここに道があろうぞ。

《三波春夫の解説》
 “儒の教えは礼節と楽にある。礼節は人の振る舞いを修め、楽は人の和を整える。これが人の世の常を教えるものである”とあります。
 礼節と人の和の大切さを示しておられるわけですね。そして“わずかでも外れてはならない”とおっしゃっています。

礼節と、人との和。
大人として大事なことが、今の時代、だいぶ軽視されていますね…。
憲法条文とはいえ、ホント、深くて厳しいですよね。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。