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2016年10月28日

聖徳太子憲法を読む 斗の順道 儒士憲法 第二条

 斗の順道 儒士憲法 第二条

 『儒の宗と為すは、理を天極に取り、法を天度に尋よ。
 是れ古の聖は學を河洛に立て、天を崇め神に通す、
 人は天地の霊に曉る所以以て人倫と和し日用に應う。
 或るいは、天を捨て唯、日用と云い、神を捨て純ら人常と云うは
 學あって治むること無し、近きに似るも即ち遠からむ。』


《読み方》
儒の むねとなすは、ことわりを てんきょくに のっとり、
法を てんどに もとめよ。
これ いにしえの ひじりは 学を からくに立て、
天をあがめ 神に かよわす、
人は 天地の 霊にいのる ゆえんなり。
これをもって ひとみち と和し にちように かなう。
或は、天を捨て ただ、にちようと いい、
神を捨て もっぱら にちじょうと いうは、
学あって おさむること無し、近きに似るも
すなわち 遠からむ。

《訳》
儒の奉基とするところは、道理を天極に取り、礼法を天の法則にもとめる。これは古の聖人が、学を黄河と洛水に立て天を崇め、神に通じた。これが、天地の霊に人が祈るゆえんである。ここにおいて人倫が和して日ごとに用いることができる。あるいは天を捨てて唯日用をいい、神を捨ててもっばら人常をいえば、学問はあっても治まらない。 近きに似てはいても、相去ること還いものだ。

《三波春夫の解説》

 “儒の基本は、天の道理であり天の法則である。天を崇め、神に通じることで、人の道にかなって日々用いることができるのだ。天や神を捨てるようでは、学があっても治めることはできない”
 学問を学ぶときも、決して神をないがしろにしないようにということです。

 三波春夫で「神」となりますと、”お客様は神様です”の言葉を思い起こす方も多いかと…。
 この言葉の真意は、「歌うとき、あたかも神前で祈るときのように雑念を払って真っさらな心にならなければ、完璧な歌は歌えないのです。ですから、私はお客様を神様とみて、歌を歌うのです」という意味で、歌手としての思いが表れた言葉です。この言葉の中の”お客様”は、お店のお客様ではなく、三波春夫の歌を観て聴いていらっしゃる客席のお客様のことです!! 詳しくは、ホームページの「”お客様は神様です”について」にて、また、三波美夕紀著『昭和の歌藝人 三波春夫』に記載がございますので、ご興味アリの場合はご覧くださいませ。

 さて、「三波春夫没後十五年企画 山内惠介 市川由紀乃 三山ひろし スペシャルコンサート」は、25日に初日を迎え、本日は神戸国際会館。来週は4日に香川レクザムホール、5日に岡山市民会館に参ります!お近くの皆様、ぜひお出かけください。

 では、また来週金曜日に更新いたします。