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2016年09月16日

聖徳太子憲法を読む 儒士憲法十七条②

儒士憲法十七条②

 この地に根を下ろすにしても、民族の風習は意識して守っていたのは新旧ともに同じでした。


しかも、先住の出雲族も新興の日向族も、同じモンゴリアン系列の人々でしたから、その風習には多くの共通点がありました。家長が代替わりするとき、その権利は末子に相続されるという決まりごとも、そうした共通点のひとつでしたから、民族の掟として伝承されてゆきました。今の法律では、親の財産は子供に平等に相続の権利が与えられていますが、この時代は末子に限られていたのですね。

 例えば、初代の神武天皇は日霊女の末孫で、皇后となった伊須気依姫は、出雲王朝の創立者・素佐之男尊の末孫でした。そして、このお二人の結婚によって、出雲王朝と日向一族の融合という重要な問題が解決され、後の大和朝廷の誕生となったのです。

 なぜ末子相続とされたのか、の理由は後述がございますのでお楽しみに!
 各地からいろいろな民族が渡来してきた日本列島。だからこそ、皆でうまく暮らせるように”和を以って貴しと為し”の精神を基本として、心遣いしながら生きて来たのだ。と、聞いたことがあります…。
 皆が皆、心遣いと気遣いを持つ余裕があったらいいです、ねぇ。

 ではまた、来週金曜日に更新いたします。