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2016年09月09日

聖徳太子憲法を読む 儒士憲法十七条①

儒士憲法十七条①

 儒士とは儒学を教える人たちのことです。日本に儒学が伝えられたのは太子の時代よりずっと以前のことで、太子憲法が発布されたころにはかなり普及していました。そのため、こうした憲法が必要になったのでしょう。


 儒学を日本に伝えた人としては、応神天皇の御代に百済から帰化し、日本で活躍した王仁博士が有名ですね。儒子憲法の本題に入る前に、この王仁博士に関することで、書かなければならないことがーつあります。古代日本の文化と儒学の関係を示すエピソードです。

 モンゴロイドは世界に十億の広がりを持っていると言いますが、日本人は、旧モンゴリアンと新モンゴリアンに区別されるというのは御存じでしょうか。

 モンゴロイドの広がりを追ってみると、アフリカ大陸、アメ リカ大陸にも及びます。そこで現在は"環太平洋民族"と呼ぶそうです。日本列島の原住民はアイヌ民族ですが、考古学者・ 江上波夫先生の"北方騎馬民族が日本を支配した"という説にもみられる通り、遊牧民モンゴロイドは、秀れた社会生活の知恵を持っていました。彼らは日本列島に夢を求めて辿り着き、 縄文文化の花を咲かせました。

 その後、稲作文化とともに大陸から渡ってきたのが新モンゴリアン、弥生人なのです。海を渡ってやってきた弥生人からみれば、縄文人は先住民ということになります。

《本に記載されている欄外解説》
王仁博士
 応神天皇の時代に、論語をたずさえて百済から渡来。 日本に儒学を伝えたほか、大陸文化の輸入に大きく貢献した。 生没年不明。

 儒士憲法の条文のご紹介に入る前の、解説の始まりです。
 今回を含め、4回にわたって解説を掲載します。

 さて、9月15日深夜(日付は16日ですが)午前1時台、NHKラジオ『ラジオ深夜便』にて、”三波春夫”を三波美夕紀がお話させて頂きます。
 ご都合が合われましたら、どうぞお聴きくださいませ。

 次のブログ更新は、その16日金曜日です。
 よろしくお願い致します!