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2016年09月02日

聖徳太子憲法を読む 鼎の法道 政家憲法 第十七条②

鼎の法道 政家憲法 第十七条②

 ここで私は江戸時代の終わりに大活躍をされた二宮金次郎尊徳のお言葉を思い出します。校庭の銅像でおなじみの金次郎少年が、成人してどんな働きをされたのか。ほとんどの日本人がこの偉人の業績を知らないのは、教えることを忘れた教育界の責任ですが、あの銅像は薪を背負って売りにゆく姿と、肩の荷を下ろしてこんどは本を読みながら帰る姿を一個の芸術品としたわけですが、この方は物凄い勉強家でした。


 『国庫に入るを計りて出ずるを制す』と有名な格言が残っていますが、歳入・歳出、そして金融に関しては大経済学者、行政・財政の再建王でした。
 幕末の頃、どうにもならないほど困っていた村々が、「報徳仕法」という再建のノウハウを学んで、次々に立派な村おこしをやったのです。その数、なんと全国で六百ケ村にも及びました。
 農家に生まれた尊徳は、身長六尺、一八ニセンチ。体重九〇キロにも及ぶ、昔としては侍大将のような体躯の持ち主で、七十歳まで長命されました。
 尊徳の本の中に“神と仏と儒教に学ぶ”とありますが、さながら聖徳太子の憲法を熟読されたのではないかと、私は思うのです。
 次は同じ年の十月に公布された儒士、神職、釈氏憲法に移りますが、儒学を教える側にある人々に対する憲法を三番目に書かれたのは、人間の教育問題がいかに大切であるかを強調している気がします。

《本に記載されている欄外解説》
二宮金次郎尊徳
相模国(現在の神奈川県)出身。貧しい中で苦学を重ね、家業を守り立てて再興。神仏儒の教えを基に実践的経済学を説き、小田原藩をはじめ各地の農村復興に尽力した。一七ハ七~ーハ五六年。

二宮金次郎像は、そうなんですよね、
★薪を背負っている働く姿
★本を読んで勉強する姿
を同時に表現しているので、「歩き読みをしているのか!?」という銅像なのですね。

このことを、父がトークショーのステージ上で永六輔さんに説明しているのを観て、初めて知りましたが、永さんも初耳だったようでした。
18年ほど前のことでした。
報徳仕法については、三波春夫の著書『熱血!日本偉人伝』にも詳しく書かれています。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。