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2016年08月26日

聖徳太子憲法を読む 鼎の法道 政家憲法 第十七条①

鼎の法道 政家憲法 第十七条①

  『政は學非らざれば立たず、學の本は儒釋神なり。
  然るに、其のーを好む者は、各其の二を悪い、
  而も其れ在ることを妬み其の亡ぶことを欲う、
  これ我が知るを理となし知らざるを非となす所以なり。
  故に、政者は宜しく三に通じて、一を好むべからず。
  其の、一を好むことを成す者は、恐らく、政を枉げん。
  政を枉げる則は、王道廢れ騒動發らむ。 』


《読み方》
まつりごとは 学びあらざれば立たず、学びのもとは 儒釈神なり。
しかるに、その一つを好む者は、各々その二をきらい、
しかも それ あることを ねたみ その 滅ぶことを 願う、
これ 我が知るを 理となし 知らざるを 非となす ゆえんなり。
ゆえに、つかさたちは よろしく 儒釈神の三つに通じて、一つのみを 好むべからず。
その、一つを好むことを 成す者は、おそらく、まつりごとを まげん。
まつりごとを まげるときは、すめらぎのみち すたれ 騒ぎ乱れ 起こらむ。

《訳》
  政治は学間によらなければ立たない。そして学間の本は儒、釈、神である。しかしこの三学の一つを好ものは、他の二つをにくみ、その世に存在することをねたんで亡びることを願う。これは自分の知ることだけを理とし、知らないものを非とするからである。だから、政治に携わるものは、よく三学に通じてーつに偏ってはならぬ。そのーつだけを好むものは、恐らく、政治を枉(まげ)るであろう。そうなると王適はすたれて騒動が起こる。


《三波春夫の解説》
  “政治家は、学ばなければ新しい発想は出て来ぬものである、その基本とは三法であるが、謙虚に学び、そして活かせ。間違った学び方というのもある。一つに片寄った学問はよくないことも心せよ。もろこしの教え、釈迦の教え、日本の神の教えを深く読むことだ。「生涯学習」は人の上に立つ者の務めである"。


宗教・考え方など、ただひとつのみを盲信しすぎると、他を認めなくなるものですね。大きく広い心持ちで、いろいろなことを見聞きして、生涯が勉強、なんですよね。

三波春夫の解説の続きは、また次回に。
来週金曜日に更新いたします。