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2016年07月22日

聖徳太子憲法を読む 天の公道 政家憲法 第十四条

天の公道 政家憲法 第十四条

『王者、政を為すは吾れの政にあらず是れ天の政なり。
 宰職、政を奉るは吾れの政にあらず是れ帝の政なり。
 吾れに非ざるを以て吾れに非ずと為し、
 敬みを致し誠を致すときは己なく罪はなし。
 吾れに非ざるを以て吾れに有りと為し、恣に作い卒り作すときは、
 上の一の恣下っての千の痛みと成り、
 上の一の卒降って下の萬の困みと成る。
 災は是れ自ら起る。』


《読み方》
みかど、まつりごとを なすは おのれの まつりごとに あらず これ あまつかみの まつりごとなり。
つかさたち、まつりごとを うけたまわるる は おのれの まつりごとに あらず これ みかどの まつりごとなり。
われに あらざるを もって われに あらずと なし、
つつしみを 致し まことを つくすときは おのれなく とがは なし。
われに あらざるを もって われに ありとなし、よしいままに ふるまい あつまりなすときは、
つかさたちの ひとつの あらびごと くだって おおみたからの ちぢの 痛みとなり、
つかさたりの ひとつの たわけごと くだって おおみたからの よろずの くるしみを なる。
わざわいのすべては これ おのずから おこる。

《訳》
王者の政治を行う心は、わがためのまつりごとでなく、天政でなければなければならない。帝職のものの政治を行う心は、わがためのものでなく、帝政でなければならない。元来、わがものではないのだから、敬い、讀んで、誠実につくすならば、私なく罪もない。もし、わがものでないのに、私するならば、事をほしいままにし、思い違いをする。上の者の一つのわがままは、下の者には千の痛みとなる。上の者に一つの思い違いがあれば、下の者には万の苦しみとなる。国の災いはここから起こるのである。

《三波春夫の解説》
 主上の永遠の大御心を憲法に書かれた太子は、政治家に対しても「常に人民の幸福を願う心を忘れるな、国の精神的基礎である天皇を補け、国民の安泰を仕事とせよ」とおっしゃっています。
 特に十四条の三行目には「己れの政治ではない、帝の政治であるぞ、私欲をはさむな」と釘をさしておられますね。

 ラストの方の「役人たちの一つのタワケゴトが、万人の苦しみとなる」は、今、目立って見える一文ですね。
 タワケゴトをしている自体に腹が立つ上、マスコミを通じて毎日毎日繰り返して聞かされ、見させられるのは、ホント苦しいですよねぇ!
 皆様、まっすぐ生きて、仕事して頂きたいぞ!です。

 ではまた、来週金曜日に更新いたします。