« 前   TOP  次 »

2016年07月15日

聖徳太子憲法を読む 地の徳道 政家憲法 第十三条

地の徳道 政家憲法 第十三条

『宰職政を奉るときは、義に止て己を無になせ。
 學ぶに禮樂を以てし、勤めるに奉行を以てせよ。
 天皇の治御にあらざれば原く所なく、
 國家の安全にあらざれば議る所なし。
 道心あらざれば腹に實すこと無く、
 忠心あらざれば體に實ること無し。
 慮う所は宗廟の危うきにありて、我が家のことにあらず。
 顧る所は黎民の苦しみにありて、我が身のことにあらず。
 公を實じ、私を虚して、其の果を案ざれ。』


《読み方》
つかさたち まつりごとを うめたまわるときは、 こころを義にすえて おのれを からになせ。
学ぶに れいがくを もってし、勤めるに 奉行をもってせよ。
みかどの みことのりに あらざれば もとづくところ なく、
くにいえの やすきことに あらざれば はかるところ なし。
道を 求むる心 あらざれば 腹にみたすこと なく、
みかどに まことのこころ あらざれば われに みのること 無し。
おもうところは みたまやの あやうきにありて、我が家のことにあらず。
かえりみる 所は おおみたからの 苦しみにありて、我が身のことに あらず。
公をおもんじ、私をむなしうして、その むくいを おもわざれ。

《訳》
宰職が政治を奉ずるに当たっては、義に注意して私をなくし、学ぶには礼楽をもってし、勤めるには君命を奉じて、天皇の天下を治めること以外に心を用いず、国家の安全に関することでなければ、取り計らうことなく、道心でなければ腹に入れず、忠のことでなければ、体に実ることなく、思慮するところは、宗廟の安全であって、わが家のことではない。顧るところは人民の苦しみであって、己の身の上ではない。公を重んじ、私を空にし、わが身の果報を思案すべきでない。

《三波春夫の解説》
“政治家は、我が家のことより国のこと、我が身のことより国民のことを考えなければいけない。私事よりも公事を重んじ、決して報酬などを期待してはいけない”ということですね。
 太子はここで、政治家としての考え方の基本を説いておられます。

本日の条文を読んで、私達の心にグサッと刺さる思い…。
いや、何もしていない私達がグサっと来なくていいわけですのにね!
政治家の方々、よく読んでくださーい!

ではまた来週、金曜日に更新いたします。