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2016年07月08日

聖徳太子憲法を読む 車の司道 政家憲法 第十二条②

「咄嗟にどうしたらいいのか分からなくなって、頭を下げることも手を動かすこもとできなかったんですよ」

と、その出来事を語る永さん。


「あまりに突然のことでしたらからねえ、三波さん」

「私がこんなことを申し上げると変ですけど、永さんの前でお車が止まったのは、『おや、あそこに立っているのは永六輔君だ。今日も取材で街を歩いているのだね。努力の人だ』と思われて、車を止めなさい、とおっしゃったんじゃないですか」

「三波さん、そんなにドラマを作ってはいけませんよ。でもね、ああ、挨拶しそびれたーと、昨日からずっと気にかかっちゃってるんですよ」

というわけです。この後、永さんとの会話は昭和天皇のお話に発展。

「これは聞いた話ですけど、昭和天皇が、敗戦後の復興の国民激励のために各地に巡幸されたときのことです。ある町を左翼の闘士二人が激論を闘わせながら歩いていたそうです。そのとき、道を曲がられたお車が目の前に来た。彼らが『お!』と思った瞬間、昭和天皇が車中から彼らに対して会釈をされた。
 二人はびっくりして棒を呑んだように躰が固まってしまって頭の中は真っ白・・・・・・。我に返ってお車を見送りつつ、『おいおい・・・・・・天皇が俺たち二人だけに挨拶をするとはどういうことだろう。天皇は国の復興にあんなに真剣に取り組んでいるということか』『』天皇制打倒なんて俺たちはアジっているけど、こりゃ考えもんだね」と語り合ったそうですよ」

「そうですか。そういえば、三波さんは紫綬褒章を受けて、赤坂の園遊会に招待されてましたね」

「はい、昭和天皇が最後のお元気な姿をみんなにお見せになられた昭和六十二年五月二十日でした。あのとき、私ども夫婦に御下問を戴ましたが、一生忘れませんね。遠くから大勢の人々に『あっそう。あっそう』と、明るいお声が段々近づいてきて、私どもの前にお立ちになれた。陛下がニコニコと『今まで随分、歌手として国民のためにいろいろやってくれましたね』とおっしゃったときのお言葉の涼やかさ。しかも凛として、五体に響くような力強さ、そして大きな温かさに、私は背筋が震えました」

「うむ、なるほど・・・・・・」

この園遊会は、私ども夫婦にとって、大きな思い出です。

次回は、政家憲法第十三条です。

また来週金曜日に更新しますので、よろしくお願い致します。