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2016年06月10日

聖徳太子憲法を読む 龍の謙道 政家憲法 第九条

龍の謙道 政家憲法 第九条

『國を安んずるの本は、五圖の多にあり。
其れ、厥の多きことは米粟の多きにあるなり。
人の世は、衣食木器財の圖に立つ、
然るに食らうに粟少なくば何を以て、田を耕し、蠶を養い、
木を伐り、金を堀り、器を造らしむるや。
悪ぞ、之れを豊かに作らしめ戸に足らしむることをえんや。
米の直銭多ときは、五の直も之れに随て多からむ。
鮮きを以て多を買うときは世の立つ所を失い、民はここに困しみ、
國もここに危うし。』


《読み方》
国を やすんずるのもとは、五つのてだて の おおきことにあり。
それ、けつの おおきことは よねあわの 多きにあるなり。
人の世は、衣食もくきざいの はかりごとに よってたつ。
しかるに くらうに よねあわ 少なくば 何をもって、田を耕し、かいこを養い、木をきり、かねを掘り、器をつくらむるや。
いずくんぞ、これを 豊かに作らしめ いえごとに たらしむることを えんや。
よねあわの あたい 高すぎるときは、五つの あたいも これにつれて たかからむ。
すくなきを もって たかきものを 買うときは 世の立つ所を失い、おおみたからは ここに 苦しみ、国もここに あやうし。

《訳》
 国を安泰にする根本は、五つの図(増産計画)の多いことに存する。それは、米粟の多いことによってなる。人の世は、衣と食と木と財と器との五つの計画によって立つのである。
 しかるに、少ない粟を食って(腹が減って)田を耕し、蚕を養い、木を伐り、金を堀り、財器を作っても、どうして豊富に生産できようか。また、どうして各戸に不足しないようになろうか。米価が高ければ、衣、食、木、財、器の価格もそれに従って高くなる。少ない金銭で、入り用の高価なものを購おうとすると、世の中はうまく行かない。ここにおいて人民は困窮し、国家は危険になる。

《三波春夫の解説》
 ここでは、政治家たちに物の生産を高めて豊かな国にしよう
ではないか、と言っておられます。
“国の安泰には衣食木器財の五つを豊かにすることだ。そのた
めにはまずお米や粟をたくさん作るのがよい”
 読んでもほのぼのとする条文です。
 しかし、これに続くふたつの条文は厳しい内容です。

昔話の世界ではなく、現実の日本の姿がこうだったんですよね。
まったくもって何も足りてはいないのだけれど、自給自足で一所懸命な状況が、ふと羨ましい気がしてしまいました…。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。